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東京高等裁判所 昭和43年(行ケ)153号 判決 1976年11月04日

原告

久保田鉄工株式会社

右代表者

米田健三

右訴訟代理人弁護士

藤田辰之丞

同弁理士

渡辺勲

外三名

被告

特許庁長官

片山石郎

右指定代理人

金田暢之

外二名

主文

特許庁が昭和四三年九月二八日同庁昭和三七年抗告審判第二五〇号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  <省略>

第二  請求の原因

一、特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三五年二月一日名称を「刈高調整可能の刈取機」とする考案について実用新案登録出願をしたが、昭和三六年一二月二三日拒絶査定を受けたので、昭和三七年二月一二日、抗告審判を請求した(昭和三七年抗告審判第二五〇号)。そして原告は昭和四二年七月二九日および昭和四三年一月二七日訂正案を付して訂正を許可されるように上申した。ところが特許庁は訂正を命ずることなく、昭和四三年九月二八日「抗告審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年一〇月二一日原告に送達された。

二、本願考案の登録請求の範囲

(一)  出願当初のもの

一つの機枠に駆動車輪と安定用車輪とを回動のみ自在に軸架させて、無端帯体を張設し、この駆動車輪の軸に枠体を軸支させてこの枠体をこの駆動車輪軸を中心に回動し得るように構成すると共に、前述機枠と枠体との間に相対移動固定自在具を設け、この枠体に刈取装置を保持させ、該刈取装置への動力伝達軸および駆動車輪軸を原動機に連動連結させたことを特徴とする、刈高調整可能の刈取機

(二)  訂正案によるもの

一つの機枠の後部に駆動車輪と、前部に安定用車輪とを回動のみ自在に軸架させて、無端帯体を張設し、この駆動車輪の軸に枠体を軸支させてこの枠体をこの駆動車輪軸を中心に回動し得るように構成すると共に、前述機枠と枠体との間に相対移動固定自在具を設け、この枠体の前端部に刈取装置を保持させ、該刈取装置への動力伝達軸と駆動車軸とを回動自在に連動連結し、もつて刈取装置および駆動車輪軸を原動機に連動連結させたことを特徴とする、刈高調整可能の刈取機

三、審決理由の要点

(一)  本願考案の要旨は、次の(A)〜(F)の構成要件よりなる刈取高調整可能の刈取機にあるものと認める。

(A) 一つの機枠に駆動車輪と安定用車輪とを回動のみ自在に軸架させること。

(B) 駆動車輪と安定用車輪に無端帯体を張設すること。

(C) この駆動車輪の軸に枠体を軸支させてこの枠体をこの駆動車輪軸を中心に回動し得るように構成すること。

(D) 機枠と枠体との間に相対移動固定自在具を設けること。

(E) この枠体に刈取装置を保持させること。

(F) この刈取装置への動力伝達軸および駆動車輪軸を原動機に連動連結させること。

(二)  これに対し、フランス特許第一一七九〇五九号明細書(以下「第一引用例」という。)には

(A1) 一つの台車1(これは、本件実用新案の機枠に相当する。以下、括弧内は引用例の構成部分に対応する本願考案の構成部分を示す。)に前車輪2(駆動車輪)と後車輪3(安定用車輪)とを設けること。

(C1) この前車輪2の軸に機体4(枠体)を軸支させてこの機体4をこの前車輪の軸を中心に回動し得るように構成すること。

(D1) 台車1に枢着した歯止め10と遊転輪7にて係止するようにした歯杆5の上端部を機体4に枢着すること、すなわち台車1と機体4との間に相対移動固定自在具を設けること。

(E1) この機体4の前端に刈取装置を保持させること。

(F1) この刈取装置および前車輪を原動機にて連動連結すること。

よりなる刈高調整可能の刈取脱穀機が記載されている。また、特公昭三三―八一二号公報(以下「第二引用例」という。)には

(A2) 一つの機体3(機枠)に駆動車輪と安定用車輪とを回動のみ自在に軸架させること。

(B2) 駆動車輪と安定用車輪に無端帯体を張設すること。

(E2) この機体3の前端に刈取装置を保持させること。

(F2) この刈取装置への動力伝達軸および駆動車輪軸を原動機に連動させること。

よりなる自動刈取機が記載されている。さらに、実公昭三四―七八〇二号公報(以下「第三引用例」という。)には

(A3) 一つのフレーム3(機枠)に駆動車輪bと前車輪c(安定用車輪)とを設けること。

(B3) 駆動車輸bと前車輪に無端帯体を張設すること。

(C3) この駆動車輪bの軸に支持体5を介してフレーム3を軸支させて、このフレーム3をこの駆動車輪bの車軸6を中心に回動し得るように構成すること。

(D3) 前車輪cの車軸7を駆動車輪bの車軸6とフレーム3とに対してそれぞれ伸縮固定自在の支脚をL字状に連結してなる前車輪支脚体aを設けること。

(E3) フレーム3に適宜の農機具を保持させること。

(F3) 駆動車輪bの車軸を原動機に連動連結させること。

よりなる移動農機が記載されている。

(三)  そこで、本願考案と第一引用例とを対比すると、両者は「一つの機枠に駆動車輪と安定用車輪とを設け、駆動車輪の軸に枠体を軸支させて枠体を駆動車輪軸を中心に回動できるように構成し、機枠と枠体との間に相対移動固定自在具を設け、枠体に刈取装置を保持させ、刈取装置と駆動車輪とを原動機に連動連結させてなる刈取高調整整可能の刈取機」である点において一致しており、前者は駆動車輪と安定用車輪とを回動のみ自在に軸架させるとともに、駆動車輪と安定用車輪に無端帯体を張設したものであるのに対して、後者はこのような構成要件を具備していない点において両者が、相違しているものと認める。

次に、この相違点について審究すると、刈取装置への動力伝達軸および駆動車輪を原動機に連動連結させた自動刈取機において、一つの機枠に駆動車輪と安定用車輪とを回動のみ自在に軸架させるとともに、駆動車輪と安定用車輪に無端帯体を張設することは、第二引用例に記載されていて、前者の出願前公知であるので、前記相違点は必要に応じて容易にできる単純な設計変更であつて考察を構成するに足りないものと認める。

(四)  訂正案を要約すると、(X)駆動車輪を機枠の後部に設け、(Y)安定用車輪を機枠の前部に設け、(Z)刈取装置を枠体の前部に保持させる点にもあると認める。しかしながら、(Z)の点および(X)(Y)(Z)は第一引用例および第二引用例に記載されていて前者の出願前に公知であり、さらに、機枠の後部と前部とに設けた駆動車輪と安定用車輪に無端帯体を張設してなる移動農機において、機枠をして駆動車輪の車輪を中心に傾動調整することが、第三引用例に記載されていて、前者の出願前公知であるので、訂正案のように前者の説明書を訂正することを命令する必要はないものと認める。

(五)  これを要するに、本願考案は、その出願前前国内に頒布された第一引用例および第二引用例に記載された事項から必要に応じて容易に推考できるものと認めるのが相当であるから、旧実用新案法第一条の考案を構成しない。

<以下省略>

理由

一原告の主張する請求の原因のうち第一項から第三項までの事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、審決取消事由の有無について判断する。

(一)  本件訂正考案が当初の本願考案の請求の範囲を減縮したものであることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件訂正考案が原告主張の(イ)(ロ)(ハ)の作用効果を奏することは明らかである。

(二)  被告は、前記(イ)(ロ)(ハ)の作用効果はいずれも刈取装置とその刈取装置を前端部に設けた枠体の機体への枢支点との相対距離を大きくすることによつて当然に得られる自明のものであるから、特段の作用効果ということはできないと主張するが、本件訂正考案は、刈高調整のできる刈取機という特定の装置において、刈高調整の際に起きる枠体の傾斜をなるべく少なくすることにより穀稈の刈取姿勢(水平面に対する刈刃の傾斜角度)の変化を極力少なくし、刈高調整の都度、取付部への刈刃の取付角度の調整を行う必要のないようにするとともに、刈刃の刃元に対する刃先の傾斜によつて生ずる穀稈の切断部の二度切りがないようにし、これによつて牧草などの次期の発育を良好ならしめる、という刈高調整可能の刈取機として特に要求される作用効果を奏するのであるから、その考案の難易性は別として、この作用効果は特段なものといつて差支えない。

(三)  被告は、また、本件訂正考案の奏する作用効果は従来周知の装置もこれを有しており新規なものではないと主張する。しかしながら、<証拠>によれば、実公昭三二―一三六二三号公報に記載されたものは、単に刈取機において刈取刃を先端に有する刈取枠部をロープによつて上昇可能にしたものであつて、刈取刃の不使用時にその刈取枠部を上昇させて、路上走行時または格納時において、これが邪魔にならないようにすることを目的とするもので刈高調整を意図するものではないことが認められる。のみならず、刈取枠部をロープにより適宜位置に吊下げて刈刃の位置を調整したとしても、その位置にこの刈取枠部を固定する固定自在具を有しないから、かりにこの状態によつて刈取作業を行なつても、穀稈、牧草などの抵抗により刈取枠部が上下動することが避けられず、安定した刈取りができないから、刈高調整を行なうために使用することはできないものと考えられる。また<証拠>によれば、実公昭三四―四九二四号公報に記載のものは、刈取部分の上下調節すなわち刈取調整の構成を全然有しておらず、単に機体の後部に設けた駆動車輪の軸に、前端部に茎切刃を保持させた刈取機台を軸支させたものにすぎないことが認められる。したがつて、本件訂正案の前記(イ)(ロ)(ハ)の作用効果を奏するものとはとうてい考えられない。この点に関する被告の上記主張はいずれも失当である。

(四)  以上のとおり、本件訂正考案は、刈取高さを調整する刈取機としての特段の作用効果を奏すものであり、その作用効果はこの種の従来装置には期待できない新規なものということができる。そこで本件訂正考案が審決引用の第一引用例ないし第三引用例に基づき容易に推考し得るかどうかについて検討する。

(1)  <証拠>によれば、第一引用例のものは、刈取刃11をその前方部分に取着けた機体4を、刈取刃11と後車輪3との前後中間に位置する駆動車輪2の車軸を中心として回動させて、その刈高調整ができるようにした刈取脱穀機であることが認められる。そうすると、本件訂正考案とは、枠体の前端に刈取刃をとりつけ、この枠体を機枠の駆動輪の車軸を中心として回動可能に軸支し、かつ、その枠体との間に相対移動固定自在具を設け、刈取装置と駆動車輪とを原動機で連動連結させた刈高調整可能の刈取機である点では一致しているということができる。しかし、この駆動車輪は本件訂正考案のものとは異なり、刈取刃と後車輪との前後中間に位置するものであるから、機体全体の前後方向の長さが一定の場合には、枠体の回転半径は、本件訂正考案のそれに比べはるかに短いことになり、そのために刈高調整のために枠体を上下に回転させた場合は、その枠体と機枠との間の傾斜角の変化が大きくなることは避けられず、したがつて刈高調整をすると、刈刃の水平面に対する傾斜角度が大きく変化し、その都度、取付部への刈刃の取付角度を調整しなければならないし、また、このような刈取姿勢の調整を行わない場合には、その刈刃が前方に向つて上向きになつたときに牧草を二度切りするという欠点が生ずることになる。したがつて、第一引用例のものは、本件訂正考案の奏する前記(イ)(ロ)(ハ)の効果をとうてい期待することができない。

(2)  次に<証拠>によれば、第二引用例のものは、機枠3の後方部に駆動車輪を、前方部に安定用車輪を回動のみ自在に軸架させ、駆動車輪と安定用車輪とに無端帯体を張設し、機枠の前端には刈取装置10を保持させたものであることが認められる。そうすると、本件訂正考案とは、機体の前方から後方に向つて刈取装置、安定用車輪、駆動車輪の三者をこの順序に配列させ、駆動車輪と安定用車輪に無端帯体を張設し、刈取装置への動力伝達軸と駆動車輪軸とを原動機に連動機に連動連結した刈取機である点では一致していることになる。しかし、刈高調整を行う機構については同引用例に何ら記載がないから、刈取装置が機体に対して上下方向に移動可能とはとうてい考えられない。したがつて、第二引用例は、単に、刈取機において無端帯体を用いた形式のもの、および駆動車輪を機体の最後尾に位置させることがいずれも公知であることを示すにすぎないものであつて、本件訂正考案の特微とする、刈取装置とその枠体の枢支点との距離を大きくして刈取装置を上下させることによつて生ずる欠陥を排除しようという技術思想は何ら示唆されていない。

(3)  <証拠>によれば、第三引用例のものは、駆動車輪bが農耕具1と安定用車輪cとの間に位置しており、農耕具1を取りつけたフレーム(機枠)3が駆動車輪bの軸を、その回動中心として回動するようにし、また駆動車輪bと安定用車輪cとに無端帯体を張設した農耕機であることが認められる。そうすると本件訂正考案とは、無端帯体を用いた農機において、農業用作業具を取りつけた枠体を、駆動車輪を中心として回動可能にしたものである点で一致している。しかし、刈取刃に相当する農耕具1は枠体の後端に取りつけられたものであり、しかもこの枠体を駆動車輪の車軸を中心として回動させる目的は、本件訂正考案のように刈高調整に際して起こる欠点を排除するためではなく、農耕具の種類または使用者の身長の大小により適当に枠体の高さを調整できるようにするためであることが<証拠>によつて認められる。したがつて第三引用例のものには、本件訂正考案の特徴とする刈取装置と、その枠体の枢支点との距離を大きくするだけで刈取装置を上下することによる刈刃角度の角化を少なくするという技術思想は何ら示唆されていない。

(五)  被告は、刈取装置の枢支点を駆動車輪の車軸とすることは、第一引用例によつて、走行用無端帯体を備えた移動農機において機枠をして後部駆動車輪の車軸を中心として傾動調整することは第三引用例によつてそれぞれ出願前公知であり、これに加えて枠体の基部を機枠に枢支する位置を機枠の前端部、中央部、後端部のどこにするかは刈取機の設計にあたつて刈取機全体のバランスと性能を考慮して選択すべき事項であること、一般に移動農機はその後部に耕耘装置を装着して耕耘機として使用され耕耘装置に代えて移動農機の前部に刈取装置を装着するとともに刈取装置を移動農機に塔載した原動機に連動連結して刈取機として使用されるものであることを考慮すれば、本件訂正考案のような構成にすることは、設計上必要に応じ容易になし得ることであると主張する。

しかしながら、第三引用例のものが刈取機でなく、まして刈高調整をするための考案でないこと、また、第二引用例のものも刈高調整を何ら意図するものでないことは前記のとおりであるから、これらの技術と第一引用例の刈高調整を可能とした刈取機との間には直接の技術的関連はない。また、これら第二引用例、第三引用例にそれぞれ記載されている無端帯体を用いた刈取権において駆動車輪を機体の後端に位置させることおよび無端帯形式の農耕機において農耕具を取りつけた枠体を駆動車輪軸を中心として回動自在とすることという技術事項は、いずれも刈取装置とその枠体の枢支点との距離を大きくすることにより、刈取装置を上下調整することによる刈刃角度の変化を少なくするという本件訂正考案の目的を有するものではないので、これらの技術を第一引用例のような刈高調整可能な刈取機に施すことは容易に推考し得るということはできないものと考られる。また、前記のとおり、本件訂正考案において、枠体の基部を機枠に枢支する位置を機体の後方部にするという構成を採用したのは、被告のいうように単に刈取機の全体のバランスと性能を考慮して、その枢支点の位置を取捨選択したというにとどまるものではなく、刈取機において、その刈高調整を行なつた際における特有の作業上の問題点を解決しようとするものであることは前記のとおりである。被告は、また耕耘機において後端に取りつけた耕耘用具に代えて、その前端部に刈刃をとりつけてこれを原動機により駆動させることにより刈取機として用いることが一般であるというけれども、これを認めるに足りる資料は何もない。それ故被告の前記主張は採用することはできない。

(六)  以上の次第で、本件訂正考案は審決引用の各引用例から容易に推考し得るとはいえず、出願の際独立して登録を受ける要件を備えたものということができる。そうすると、原審においては実用新案に準用される旧特許法第七五条第五項の規定により、本願説明書の訂正が命ぜられるべきであつたにもかかわらず、本件審決がこの措置に出なかつたのは、結局、本願考案の要旨の認定を誤つたもので、違法であるといわざるを得ない。

三よつて、本件審決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、行政事件訴訟法第七条を適用して、主文のとおり判決する。

(古関敏正 杉本良吉 石井彦壽)

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